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四間飛車の本を紹介するコーナー 第2回 西田拓也『1手ずつ解説する四間飛車』

西田拓也『1手ずつ解説する四間飛車』(マイナビ、2020年11月)

棒銀から右四間まで、なんでもござれの新定番

 

とんでもない本が出た、とタイトルを見て衝撃を受けた。
1手の意味を丸々1ページかけて解説する時代になっていたとは。


だがそれは私の早とちりで、さすがにそんな本ではなかった。
「1手ずつ解説する」といわれれば、何かものすごく丁寧で親切な印象を受けるが、よくよく考えてみれば、他の定跡書もなんだかんだいって1~3手ごとに解説が入っていることが多い。初心者向けではなおさらである。だから本書は「解説が詳しめの定跡書」という程度にとらえていい。

 

1手ずつ解説するのはたしかに目新しいが、そんなことよりも大きな長所がある。
それは棒銀対策を最初にもってきていることだ。これは本当に大きい。とくに級位者〜初段あたりにかけてよく見かける「ちょっとヘタな棒銀」の対策がちゃんと載っている。棒銀対策が充実しているのは非常に強力な「ウリ」である。

 

多くの場合、四間飛車の解説書は、斜め棒銀の対策からスタートする。棒銀対策は二の次、三の次、という構成の棋書が多い。一方、本書はのっけから棒銀対策に突入する。
なぜ他の類書が斜め棒銀対策を冒頭に配置するかといえば、やはり四間飛車にとって華麗な手順が登場するからだろう。四間飛車側が有利になる絵を描きやすく、「ほら、四間飛車って素敵でしょ?」と読者に訴えやすいのだ。つまり斜め棒銀対策を冒頭に持ってくるのは、四間飛車のスバラシサをアピールしたい著者の都合による部分が大きい。
私自身は斜め棒銀は有力な四間飛車対策だと思っている。急戦の醍醐味は斜め棒銀にあり、とすら思っているのだが、しかし一般的には居飛車側にとって「斜め棒銀居飛車不利」という認識が広く共有されているように感じる。実際にはいい勝負なのだが、斜め棒銀を指しこなすのは難しく、級位者〜初段帯には比較的採用されづらい傾向がある。


それよりもはるかに見かけるのが棒銀である。
棒銀は斜め棒銀よりも狙いがわかりやすく、級位者〜初段の実戦によく登場する。
だからこれから四間飛車を指す初心者が本当に知りたいのは棒銀対策なのだ。
このニーズに正面から向き合っているのが、本書の大きなセールスポイントである。
「みなさんが最初に知りたいのは棒銀対策ですよね。わかってますよ。だから安心してついてきてくださいね」という、まことにビギナーズフレンドリーな構成になっているのだ。


棒銀・早仕掛け・居飛車穴熊右四間という、四間飛車の天敵を一通りそろえているのも特筆に値する。この、徹底的にユーザーフレンドリーなラインナップも本書の大きなセールスポイントだ。
代わりに、山田定跡や左美濃など、従来の定跡書では対策が載せられることが多かったものの、令和の現在アマチュア間でも下火になった戦型は思い切って切り捨てている。とくに山田定跡は従来の初心者向け解説書に必ずといっていいほど載せられていたことを思えば、この割り切り方はいかにも現代らしく効率重視の構成になっている。


目を引くのが対居飛車穴熊の章で、本書全体のほぼ半分のページ数を割いている。
形としては、居飛車の形を△4四歩型(第1図)に絞って、△4四銀型(第2図)を省略しているのが特徴的。

居飛車側としては△4四歩を突くと堅さが損なわれるので本当は△4四銀と上がりたいが、振り飛車側の工夫によって阻止されることが多い。

△4三金型(第3図)では松尾流・△5一角型・△4二角型を、さらに【△4二金右→△3二金右】型(第4図)をも解説している。

第1図からは△4二銀(松尾流)・△5一角・△4二角の3パターンに派生する。

前者の△4三金型に対しては▲6六銀型(第5図)を、後者の△4二金型に対しては▲5六銀型(第6図)を推奨している。

居飛車穴熊において、▲6六銀は先制攻撃を狙う構え。▲5六銀はカウンターを狙う構え。

一般的に▲5六銀型(四間飛車が後手番だと△5四銀型)は守備型とされ、四間飛車が先手番なら積極的に攻勢をとれる▲6六銀型が「おすすめ」されることが多いが、本書では「【△4二金右→△3二金右】型に▲6六銀型は少々相性が悪い」とし、早めに▲1五歩と端の位を取って▲5六銀と構える指し方を推奨している。「居飛車穴熊には▲6六銀(△4四銀)型でOKよ!」と単純化しない誠実な姿勢と評価できるかもしれないが、ではどのように相性が悪いのか説明がなく、私は鵜呑みにはできなかった。


それはともかく、この章に関しては級位者〜三段くらいまでの実戦に登場する居飛車穴熊をほぼ網羅していると言っても過言ではない。
反面、級位者には高度な内容になってしまっている印象が強い。急戦対策の章まではついてこられた級位者読者でも、居飛車穴熊対策の章で挫折してしまう可能性が高いように思われる。

 

右四間対策の章も特徴的だ。
船囲い型と居飛車穴熊型の二種類を紹介しており、アマチュア間でも人気の高い銀冠(米長玉)型(第7図)が省略されている。銀冠型は類書が多いので重複を避け、より強敵であろう居飛車穴熊型にページを割いたと評価したい。この点も効率重視という印象を受ける。

米長玉は銀冠の派生形で、故・米長邦雄が好んだとされる。普通は下の形だが、右四間と併用する場合は上のような独特の形になる。有力で人気だが本書では登場しない。

また、四間飛車側から積極的に攻めていくという、類書ではあまり見かけない指し方を紹介していて面白い。ただし先後の違いや微妙な形の違いによって成否が分かれる指し方であるため、級位者は安易に真似しないほうが良いように思う。本書の右四間対策はむしろ有段者にとって価値があると思われる。すでに基本的な右四間対策を知っている三段以上の読者が芸の幅を広げるのに役立つだろう。

 


ただ正直なところ、本書の評価はやや難しい。
というのは、級位者向けの内容と、有段者向けの内容が混在しているからだ。
「一手ずつ解説する〜」というタイトルからは初心者向けの内容を連想してしまうが、内容にはバラつきがあり、高度な内容を扱う箇所もある。とりわけ各章最後に示される手順はかなり高度な内容で、有段者向けになっている。「このページから上級者向けですよ」という表示がほしい。
また、全体を通じて先手番の四間飛車しか扱っていないのもやや気になる。

 

棒銀の章は級位者にとって救世主となりうるが、それ以降の章は級位者には難しいかもしれない。
一般的に初心者向けの解説書では、最善とされる手の応酬を素直に披露しないケースが目立つ。おそらくそれは、初心者である読者の対戦相手も同じく初心者〜中級者であることが多く、最善の手順で対応されるパターンが少ないという前提に立つからだと思われる。プロレベルで最善とされる手順は、深く理解しなければ丸暗記すら難しい。

 

だから初心者向けの棋書では、例えば四間飛車側の視点に立つ解説においては、居飛車側に意図的に緩手(悪手とまでは言い切れないが最善を逃した手)を指させることがある。これを業界用語で「講座用の手順」と呼ぶのだが、本書は(初心者向けの棋書と考えるには)講座用の手順が比較的少ない印象を受ける。そういう意味では誠実な本だが、では長所ばかりかというとそうとも限らない。棒銀の章を除き、居飛車側の対応が正確すぎる懸念がある。もう少し緩手を「指してあげる」方針のほうが、初心者にとってはむしろ実戦で応用しやすいようにも思う。

 

■まとめ
本書が初心者〜中級者向けの四間飛車解説書の新定番として読みつがれていくことには疑いがないのだが、では誰が読むのがベストかといわれれば判断に迷う。

冒頭の棒銀対策は間違いなく級位者にとって非常に有用だが、それ以降は解説の内容がレベルアップし、初段以上でなければ飲み込みづらい高度な解説になっている。

とはいえ、良書であることは間違いない。初級者〜中級者を中心として、有段者(ウォーズ三〜四段くらい)まで広く使えるだろう。難しくてわからない箇所があれば、もう少し優しめの棋書で部分的に補うことをおすすめする。