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四間飛車の本を紹介するコーナー 第3回 鈴木大介『鈴木大介の振り飛車のススメ』

鈴木大介鈴木大介振り飛車のススメ』(NHK出版、2015年)

初段をめざす人のための四間飛車Tips(※クセ強め)

※本稿はKindleのレビューです。『鈴木大介振り飛車のススメ』は、Kindle版と紙の本とでは紙面構成が大きく異なります。購入される場合は紙の本のほうを強くおすすめします。ご注意ください。

 

タイトルは「振り飛車のススメ」だが、実質的には四間飛車の本。

私はKindleで読んだのだが、これは大いなる過ちであった可能性がある大いなる過ちであった。

類書に比べるとレイアウトが独特(というよりもはや異様)で、慣れるまでに時間がかかる。普通の定跡書と思って手を出すと痛い目を見る。

本書に限らずNHK出版の棋書はレイアウトが独特なのだが、電子版だとその傾向に拍車がかかるのだろうか。NHK出版の棋書が独特な理由を推測するに、毎週日曜日の午前に放送しているNHK将棋講座用のテキストとして用意した原稿(あるいは講座動画そのもの)を書籍向けに仕立て直しているため、紙や電子書籍での閲覧に適したページ構成になりづらい……という事情があるのかもしれない。先述のように私はKindleで通読したが、他の棋書では見たことがないわけのわからないブツ切りの紙面構成になってしまっている。読んでいると、本文中で言及されている図がどこにあるのかわかりづらいのだ。目の前に棋士の先生が立っていて、将棋盤と駒を使って盤面を動かしながら解説している光景を想像しながら本書を読み進められれば、腑に落ちるのだが。

たぶん紙の本ではもうちょっとマシ。Kindle版はおすすめしない。マジで。(後日、書店で紙の本を軽く立ち読みしてみたら読みやすさがぜんぜん違ってて笑った)

 

つくづく惜しい本だと思う。

表紙に「初段を目指すための四間飛車の基本!」とあるように、初段未満、すなわち級位者をメインターゲットに据えた棋書と思われるが、惜しい点がいくつもある。
まずは紙面レイアウトが不親切。これはすでに述べた通り。(Kindle版)

次に、手数を進めすぎる点もマイナスポイントだろう。

ある局面から次の局面までの間に10手以上も手数が経過しているケースが多い。

つまり「▲◯◯◯△◯◯◯▲◯◯◯△◯◯◯▲◯◯◯△◯◯◯▲◯◯◯△◯◯◯▲◯◯◯△◯◯◯▲◯◯◯△◯◯◯▲◯◯◯△◯◯◯▲◯◯◯△◯◯◯…」というように、一手ごとの解説は後回しでまずはじめに棋譜がずらずらーっと並ぶのだ(ちゃんと本文中で解説されてはいる)。頭の中で将棋盤を動かせる読者なら文字を追うだけで理解できるだろうが、そもそもそういう読者はすでに本書の対象棋力を超えている。どの駒がどのように動いた結果局面が次の段階に移行するのかが、本を読んだだけでは分かりづらい。実際に将棋盤と駒を机の上に並べて、駒を動かしながらテキストを読むことをおすすめする。

 

内容が体系的にまとまっていないのも好みが分かれるだろう。一般的な棋書では、居飛車側の戦型別にセクションを区切って順番に解説してゆく。たとえば、初めに棒銀、次に斜め棒銀、その次に居飛車穴熊、といった感じだ。ところが本書はそうではなく、棒銀その1→斜め棒銀その1→…→居飛車穴熊その1→棒銀その2→斜め棒銀その2→…→居飛車穴熊その2→(以下同様)、といった感じ。戦型ごとにまとまって解説されているわけではなく、登場する手筋(テクニック)ごとに、戦型を横断して紹介されているのだ。「はい、それでは今日は桂馬の使い方について説明します。盤面を御覧ください。こちらの戦型ではこのように桂馬を使います。一方、こちらの戦型ではこのように桂馬を使います」という感じ。

 

級位者にとってためになる内容が詰まっているのは間違いないが、実戦で使える水準にまで咀嚼するには骨が折れるかもしれない。

将棋の実力よりも、本に書いてある内容を自分なりに整理する能力が必要だろう。

 

……と、ここまでディスってばかりのようだが、基本的に私は本書を評価したい立場である。

鈴木大介といえば振り飛車の大家(いわゆる振り飛車御三家」の一人。ちなみに他の二人は藤井猛久保利明)であり、中級者向けの棋書を書かせれば右に出る者はいない。鈴木大介の棋書は明快かつ楽観的である。本が教えるとおりに指していれば、というか鈴木大介の本を読むだけで、なぜかとても簡単に勝てるような気がしてくるから不思議なものだ。その反面、抱えている欠陥も小さくはない。悪く言えば「雑」、すなわち振り飛車にとって都合のいいことばかり書いていることが多い。本書もその傾向は否めないものの、メインターゲットが級位者であることを踏まえれば、明快かつ楽観的という特徴は大きなメリットとして働いている。

 

たとえば船囲い急戦対策の章(Kindle版117頁)で、美濃囲い(第1図)の歩をつく順番を、▲4六歩→▲3六歩(or▲5六歩)→▲2六歩、この順が良い、と解説している。

美濃囲い。▲1六歩はデフォとして、他の歩を突く順番が難しい。

と聞いて、ピンと来る方は有段者である。

そう、本書は急戦に対して【▲5七歩・▲4六歩】型(第2図)を推奨している。

【▲5七歩・▲4六歩】型。守備的な構え。なおこの呼び方は筆者独自。

実はこれは「ちょっとしたウソ」である。

現代の定跡においては(ここでいうところの現代とは、とりあえず2000年以降、という認識でいい)、急戦に対しては▲4六歩よりも▲5七歩のほうが優先順位が高く、むしろ▲4六歩を突かずに▲4七歩型(第3図)のまま待機したい、という見解が有力だ。なぜなら急戦に対しては▲4六角(第4図)という手が絶好の反撃手段となる局面が多いからで、早めに▲4六歩と突いてしまうと、この最強の切り札を自ら封印してしまうことになるからだ。もちろん早めに▲4六歩を突いても悪いわけではないのだが、専門的には損とされているのが実情だ。

4六の地点には歩ではなく角を持っていきたい。

ではなぜ本書が【▲5七歩・▲4六歩】を推奨するのだろうか。実はその理由は曖昧に濁されている感がある(一応理由付けがされているのだが、私は「ウソ」だと考えている)。そういうところが本書の惜しいところなのだが、私なりに思うところを述べる。

一言でいえば、▲5六歩は複雑で、▲4六歩はシンプルだからだ。

【▲5七歩・▲4六歩】型に対しては山田定跡や鷺宮定跡などが有力で、非常に難解な将棋になるのだが、とてもじゃないが「初段を目指す」層の対戦相手が指しこなせるレベルではない。また、▲5六歩と比べると▲4六歩は守備力が高く、一気に負ける展開になりにくい。だから初段くらいまでは【▲5七歩・▲4六歩】型で問題ないのだ。

 

他にも、うまい具合に居飛車に緩手を「指させている」と感じる箇所はいくつもある。級位者の対局で、プロレベルの定跡手順どおりに将棋が進行することはまずありえない。だから級位者にとっては、自分のレベルに見合った対局相手が指しそうな手順を解説してほしいのだ。「相手が「間違った手」を指してきたときに、どうすればいいのか教えてくれ!」というのが級位者の本心ではないだろうか。本書はこの級位者の要請に応えられるポテンシャルを秘めている。中級者向けの棋書が意外と少ない中で、本書は実戦レベルで応用できる、実に優れた緩手(級位者の実戦で出現しそうな手)が少なからず登場する。この辺のさじ加減はさすが鈴木大介、と感心した。

 

ただし、もう一回だけ注意を促しておこう。

先ほど「ちょっとしたウソ」について少し触れたが、本書に含まれる「ちょっとしたウソ」はそれだけではない。どころか、「ちょっとしたウソ」だらけですらある。だがそれは、初段をめざす方々への優しい嘘である。綱渡りのような「正しい」手順を教えるのではなく、将棋の楽しさ、面白さを伝えるための方便である。本書にギモンを感じ始めたら実力がついてきた証拠。次のステージへと旅立とう。

 

最後に「これぞ鈴木節」と感じた一文を引用する。

「なんといっても振り飛車は自陣が堅いですから、多少の無理は利きます。弱気になりそうなときは、美濃囲いの堅さを見て、元気を出してください」(Kindle版350頁)

 

要するに「こまけえことはいいんだよ!」ってこと。

 

■本書に登場する主な戦型

山田定跡、斜め棒銀棒銀、早仕掛け、居飛車穴熊、玉頭位取り、左美濃急戦。

対早仕掛けとして▲8六同歩・▲8六同角・玉頭銀(第5図・第6図)を紹介している。玉頭銀はさらっと触れる程度だが、玉頭銀を扱う棋書は比較的少ないのでそういう意味では貴重。

6七にいた銀が▲5六銀~▲4五銀とスルスル出て行き、相手の玉の頭上に単騎で襲いかかる。これだけで攻め潰せるわけではないが、3四の歩をかすめ取る狙い。▲5六歩型では実現しない構想で、▲5七歩型の秘密兵器。

■まとめ

 

級位者向け四間飛車の本としてはそれなりに高いポテンシャルを秘めている。

おおざっぱに四間飛車の指し方を把握したい人向け。定跡の習得には向かない。

本格的に四間飛車を勉強する入り口の、2〜3冊目の解説書として適している。

ただし構成のクセが強く、読んだ内容を自分なりに整理する能力が求められる。Kindle版には手を出すな。

級位者は、実際に盤駒を用意して、本書を片手に棋譜を再現する作業が必須。

人を選ぶためおすすめしづらいが、「初段を目指す」の看板に偽りなし、と評価したい。