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四間飛車の本を紹介するコーナー 第5回 井出隼平『四間飛車序盤の指し方完全ガイド』

井出隼平『四間飛車序盤の指し方完全ガイド』マイナビ、2018年

新感覚の欲張りセット。▲4六金と、端攻めがすべてを解決する

近年、四間飛車の新たな指し方として▲4六金型が発見された(第1図)。

「金は守備の要」という固定観念があるかぎり、そもそも思いつかない形ではないだろうか。これが銀ならばわかりやすい。銀は攻守両用の万能選手で、▲5七銀から▲4六銀と構えるケースは三間飛車中飛車などで頻出し、好形(よい形)とされる。だが四間飛車では6八に飛車がいるため、7九の銀を7九→6八→5七→4六と斜めに一直線に動かすことができない(第2図)。

ならば金を繰り出してしまえ、というのが▲4六金型だ。

通常、金の可動範囲は一~三段目までとしたもので、四段目に上がるのはかなり特殊な用法である。

銀と違って金は斜め後ろに移動できないので、4六の金はもとの5七にすぐには戻れない。いや、むしろ戻す気がないといったほうが正しいか。

勇気がいる指し方だが、意外にもこれが有力だった。

 


本書第1章急戦編では、この▲4六金型の指し方の一部を紹介している。

登場するのは対斜め棒銀・対棒銀の章。

第3図は斜め棒銀の変化で、△7三銀引に対して5八の金を▲5七金とまっすぐ立ったところ。以下、△7四銀に▲4六金と出る順が解説されている(21頁)。

この順も新鮮だが、私が驚愕したのは次の第4図。

第4図は棒銀の変化で、一目見て「ウソだろ……?」と衝撃を受けたが、どうやらウソではない模様。なんとこの局面でも▲4六金が成立する(54頁)。

△7五歩や△6五歩からの攻めが見えているにもかかわらず、左辺の守備を放棄するかのような金の動きだが、▲5五歩と突いて後手の角筋を遮断する手や中飛車に振り直す手を含みに十分戦える。▲5七金と立つのは従来から存在する形(主な使い手は窪田義行など)だが、そこからさらに▲4六金と出るのは新機軸。これが令和の四間飛車

居飛車穴熊の章でも新しい工夫が光る。

▲1五歩と端の位を取った高美濃(あるいは銀冠)を理想形とし、とにかく端攻めを絡めて穴熊を弱体化させる方法が豊富に紹介されている。穴熊に対する端攻めの有効性は周知の通りだが、本書は端攻めのタイミングの重要性を説く。大変勉強になる、面白い手順がいくつも紹介されている。

 

また、角交換型の穴熊(第5図)への対処法が紹介されているのも見逃せない。

角交換四間飛車の棋書ならいざ知らず、ノーマル四間飛車(角交換しないタイプの四間飛車。角交換四間飛車が市民権を得るに伴い、従来型の四間飛車をノーマル四間飛車と呼称するようになった)の棋書において角交換型の穴熊対策を紹介する棋書は珍しい。角交換型穴熊は互いに動きが難しく、手詰まり模様になりやすいのだが、ここでもまた端攻めで手にしてしまう。さらに、居飛車千日手狙いの待機策に対して銀冠から打開する、知る人ぞ知る「あの手筋」(藤井猛考案)も紹介されている。

あなたは第5図からどのように指すだろうか。もし見当が付かないのなら、本書を読んでみよう。

 

また、分量としてはわずか1ページだけだが、▲6六銀型(第6図)で▲5五歩の攻めが成立する条件を簡潔にまとめているのも小さいながらも素晴らしい工夫。

▲6六銀型は四間飛車側から先攻できる有力な形だが、▲5五歩を決行するタイミングは難しい。有段者でも「居飛車穴熊にはとにかく▲6六銀から▲5五歩!」と覚えている「▲5五歩おじさん」は少なくない(私です)。本書はその判断基準を1ページで整理してみせる。これまで明確に言語化されてこなかったポイントであり、人によってはこれだけでも読む価値があるかもしれない。

 

一局だけだが自戦記もある。2017年9月21日に行われた第59期王位戦予選、対戦相手は渡辺明竜王(当時)。居飛車穴熊の第一人者である渡辺明に対して、井出流四間飛車がどのように立ち回ったのか、ぜひ盤に並べて鑑賞していただきたい。一局だけなので棋譜並べ」の入門編としてもおあつらえ向きだ。棋譜並べをしたことがない方は、ためしに挑戦してみてほしい。

第3章「その他の対策」では天守閣美濃(左美濃)・五筋位取り・玉頭位取りというクラシカルな戦法を扱う。

 

△4四歩型の左美濃(第7図)への対応が載っているのが比較的珍しい。△4四銀型(第8図)の対策は類書が多いが、実戦でやられて困るのが△4四歩型である。

余談だが、第8図の△4四銀から左美濃に組む順は、これもまた藤井システム(対左美濃版)によってほぼ駆逐された。藤井猛がすごすぎる。

有段者でも知らない人は知らない(私です)はずなので、これも評価したい点。

 

また、五筋位取り(第9図)と玉頭位取り(第10図)が両方載っているのも近年の四間飛車本では相当に珍しい。

五筋位取りは中央位取りとも呼ぶ。昭和時代のオールドファッション。

左美濃・五筋位取り・玉頭位取りは昭和~平成初期にかけて流行した戦法で、今でも十分有力な戦法である。同じ持久戦策としては居飛車穴熊の方がはるかに勝ちやすいため廃れたに過ぎず、四間飛車が楽に勝てる相手ではない。対策を知らなければ苦戦を強いられるだろう。

第1章・第3章に比べれば目新しさという点では劣り(それでも先手番四間飛車左美濃・五筋位取り・玉頭位取りをまとめて解説しているのは非常に珍しい)、やや方針がちぐはぐな印象を受けないではないが(率直に言えばページ数稼ぎの感がある)、やられて困る戦法であることには違いない。類書と重複しない部分が多く、有益だろう。

その他注目すべき事項としては、第1章急戦編で、早仕掛けに対して▲8六同角を推奨しているのも新しい。

△8六歩に対して、▲同歩と取るか、▲同角と取るか。

「郷田新手」が発見されて以降、▲8六同角は悪手の烙印を押され下火になった。しかし本書は果敢に▲8六同角に挑戦する。

(「郷田新手」についてはまた改めて記事にするかもしれない。しないかもしれない。)

 

■まとめ

基本的には有段者向け。

初段前後のプレイヤーが三~四段を目指すのにも適している。

従来からあるおなじみの形に新しい工夫でもって立ち向かう指し方が多く紹介されている。中・上級者(1級~三段前後か)を中心として、知識をアップデートするために非常に参考になる一冊だろう。

四間飛車序盤の指し方完全ガイド』というタイトルからうっかり初心者向けかと勘違いしてしまうかもしれないが(私です)、「序盤の指し方」といっても解説されているのは高度な序盤戦である。中には終盤の詰む・詰まないまで踏み込んでいる箇所もある。

 

第1章「急戦編」は解説がやや浅く、地力が試される形が多い。級位者にとっては不親切に感じる部分が多いだろう。その代わり、ある程度定跡を押さえた中・上級者(2級~二段)にとっては知識を上乗せするのに役立つだろう。ワザを増やす目的で読むのもいい。

注意点としては、実質的に「先手番四間飛車専用ガイド」という点である。

明言されていないが後手番では応用が難しい形が多く、後手番でも四間飛車を使いたい場合は他の本で補う必要がある。

随所に新機軸が盛り込まれた、これからの四間飛車党には欠かせない一冊。

私は本書を読んでいる最中に目から鱗がボロボロ落ちました。