読み鍋屋

杓子を逃げしものや何

音楽再生回数のインフレが止まらない

 

皆さんは音楽を趣味にしているだろうか。まあ音楽を聴かない人はあまり多くないだろう。ではあなたが今年最もたくさん聴いた曲は?あるいはこの10年間で最もたくさん聴いた曲は?そんなの数えてないから、あるいは再生端末をいくつも使っているからわからないよ、という人が多そうだ。私は2010年から再生回数を数え始めて11年が経ったので、前者・後者ともに桜高軽音部の「Cagayake!GIRLS」であると答えることができる。最初は自宅のデスクトップパソコンで再生する回数のみ記録していたが、やがてノートパソコンを持ち歩いて聴いた回数も記録するようになり、今ではランニング中にスマホで聴いた回数も記録して、バイト中に聴く音楽以外は、自分の意志で聴く音楽の再生回数は基本的に全て記録している。近年は計数をパソコンの再生ソフトに一元化したいがためにサブスクの使用をためらい、新たな音楽を開拓する機会は損失しているという少々本末転倒な状況が起こっている。

そうして記録されてきた我が音楽の再生回数チャートに近年異変が生じている。2010年から2018年まで年間100回再生する曲は最大でも一年あたり30曲だったが、2019年から今年までは47曲、69曲、81曲(原稿提出時点、以下今年の記録は同様)とうなぎのぼりに増えていった。2021年には、2012年から9年間に渡って年間再生回数1位の座を守っていた「今夜はから騒ぎ」(東京事変;652回)がその座を明け渡し、一気に12位まで転落した。現時点で1位の「Cagayake! GIRLS」(桜高軽音部;「けいおん!」OP曲)は年末まで3ヶ月を残して再生957回を数え、史上初の年間1000回が目前である。月間の再生回数に目を移しても、2018年までに月50回を記録した曲はのべ39曲だったのに対して、2019年は43曲、2020年は53曲、2021年は143曲にまで急増している。月100回を記録したのは2018年までにのべ12曲で、月間回数の最多記録、「今夜はから騒ぎ」の203回はそうそう破られることはないだろうと思っていたのに、2021年2月には16曲が月100回を超え、それまで最多だった203回も6曲が上回った(図1)。

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また持続性の面でも、近年再生している楽曲には眼を見張るものがある。延べ2回以上年間100回を記録した曲は2018年までで17曲、3回以上では「能動的三分間」(東京事変;2010-2012年)のみだったのに対し、2020年には30曲が2回目の、2曲が3回目の年間100回を記録した。2021年には2回目が9曲、3回目が12曲と、3回目の年間100回を記録する曲が急増した。

2019年からの聴取ブームは、大きく(1) 2019年4月からの赤い公園聴取期、 (2) 2021年1月からのけいおん!聴取期、 (3) 2021年6月以降のアニメタイアップ曲*1聴取期に分けられる。(1) 赤い公園は女性4人組からなるバンド*2である。好きな曲がとてもたくさんあって同じ曲を聴く間隔は長いので、曲ごとの月間再生回数は伸びにくいが、累計の再生回数は中高時代に我がライブラリの覇権を握った東京事変を超えた。

ソングライティングをギターの津野さんがやっていて、彼女の弾くギターがとても魅力的である。 (2) けいおん!は軽音楽部で放課後ティータイムというバンドを組む女子高生5人を描いたアニメで、細かい仕草を克明に描いた平和な日常はキャラクターの解像度を極限まで高め、実在するバンドと同じノリで聴くことになった。というか放課後ティータイムというバンドがいて、「けいおん!」はそのバンドの生活を垣間見ることができる密着番組に近い捉え方をしている。その結果、前人(曲?)未到の月間100回16曲、200回6曲の金字塔を打ち立て、月間100回レベルのヘビロテは2曲がベスト、4曲以上では不可能という我がライブラリ界の常識を破壊した。その後も3ヶ月連続50回や1回の月間100回も珍しかったのに、3ヶ月連続100回を9曲も記録し、私の音楽聴取人生を変えてしまった。そうして下地が完成した中で (3) アニメタイアップ曲聴取期が訪れ、従来のヘビロテパターンだった2曲ヘビロテセットが完成し、「青空のラプソディ」「愛のシュプリーム!」(fhána)が2021年8月に321/294回、同9月に261/283回という突き抜けた再生回数を記録した。この2曲がどうヘビロテに足る楽曲なのかは別記事に譲るとして、ハマった曲をくり返し聴く回数は確実に増えている。

このように、2019年からの3年間はこれまでの自分の音楽聴取人生で最大のブームになっていて、その勢いは時を追うごとに増すばかりである(図2)。この要因は大きく分けて3つある。1つ目はひとり時間の増加、2つ目は聴取・記録環境の整備、3つ目はギターを始めたことである。

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1つ目のひとり時間の増加は、2018年秋から新天地で一人暮らしを始めたことにより、プライベートを人と過ごす時間が大幅に減ったことと、講義など音楽を聴けない時間の減少により、音楽を聴く時間が増えたこと。たとえば2012年の高校2年生当時は朝から夕方にかけて通学し、校内では音楽を流せなかったし、夜には習い事などもあり音楽を聴く時間は限られた。1日のうちに音楽を自由に聴ける時間が19-23時だとすれば、1曲あたり4分としてその時間の全てを音楽再生に充ててようやく月間1800回となる。実際の当時50回以上再生された曲を合算した、2011年4月から2013年4月までの2年間に聴いた回数の合計は約17,700回で、一ヶ月の平均は約740回であった。図2に示したとおり、2019年以降の3年間ではほとんどの月でこの平均値を上回る。この時期までに再生回数を稼いだ曲は、東京事変の曲か、1曲か2曲を飛び抜けてヘビロテしていたものである。後者に関しては、たとえば1日に10回聴くとしても先述した時間帯に聴くとすれば24分に1回聴くことになり、聴取間隔を詰めすぎて食傷気味になり早めに熱が冷めることが多かったと考えられる。1曲だと食傷気味になるペースが早いので、2曲ヘビロテ*3する曲があると再生回数が伸びやすいというのが私の経験則である。対して最近は8時から23時まで間欠的に聴いているので、1日10回でも1時間半に1回のペースで聴くことができ、熱が持続しやすい。2014年からは寮生活が始まり、暇さえあれば人と話すことが多くなったので、全体的に音楽を聴く時間が減った。

こうした仮説に基づいて、聴き始め50日を基準に聴き始めからの再生回数を規格化して曲ごとにその推移をプロットしたところ、図3のようになった。赤い公園の楽曲は確かに長命な曲が多いが、放課後ティータイムの曲は今のところ多くの従来曲と似た推移をたどり、聞く間隔が空いても10曲を同時に相手にして四六時中聴いていれば同様に食傷気味になるという身も蓋もない結果が得られた。それに何週間も続けて1日10回も聴く曲は2018年以前には片手で足りる程度しかなく、時間が限られているなりに食傷気味にならないよう調整して聴いていたと思われる。

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2つ目の聴取・記録環境の整備は、ノートPCを持ち運びしやすい軽量機種にしたこと、last.fmに登録したことでスマートフォンでも再生した曲を記録できるようになったこと、ランニングのために購入したBluetoothイヤホンのおかげで移動時にも絶え間なく音楽を聴くようになったことなどである。記録を開始する少し前の2009年は行き帰りに音楽を聞けなかったのでBeatlesの歌詞カードを印刷して脳内再生するなんていう悪あがきをしていた。2021年2月は片時も放課後ティータイムの楽曲から耳を離したくない病にかかり、聴取環境の整備を加速させた。それから、なるべくこういったバイアスはかからないように努めているが、記録対象となっている人間と記録主体となっている人間が同じなので、記録を見てますます聴取意欲が湧くとか、月50回や年100回など、節目に近い回数では帳尻を合わせるように聴取する意志がはたらくことも多少ある。

3つ目、けいおん!ブームのさなか、唯ちゃんの平和で自己肯定感が高くてマイペースで優しくて周りを笑顔にしてしまうキャラクターを好きになった私は、こんな人間になりたい!と唯ちゃんのパーソナリティを目標にするようになり、やがて唯ちゃんみたいにギターを弾いてみたい!という方向に変質し、ギターを始めることになった。ギター演奏を趣味にしたことで、この部分はどう弾いているのかなとただ聴くだけのときと違う聴き方をするようになったり、曲を流しながらギターを弾いてみたりする機会が増えた。ギターを弾くことで良さがわかって再生回数が伸びた曲もある。特にコード進行に興味が出てきて、新しい曲の見え方を発見する機会があるのが楽しい。たとえば、弦を1個ずらしてフレットは一緒のところを抑えて移動しているのね、とか、あーフレット1つ飛ばしで動かすとこうなるのかとか、この曲こんなに少ないコードで成立してたの?!とかいろんな感想を抱くことができる。

このように、再生回数は様々な要因が絡み合った結果得られる数値であり、離れた年代同士の再生回数を比較してこちらの曲のほうが好きというのは多少ナンセンスなのかも知れない。まあその環境が異なる年代間の数値記録を比較するナンセンスさは、プロ野球のホームラン数や日経平均株価など、社会に広く受け入れられた指標にも通じるところであり、歴代記録を比較するという点では目をつぶってもいいだろう。何にせよ、こうした再生回数は、私個人の中でどの曲が好きなのかを定量的に評価するために用いている指標であり、人と比べてこの人よりもこの曲をたくさん聴いているから自分のほうが愛が深い、などとのたまうつもりは毛頭ない。今後気が乗れば、毎月頭にその前の月の再生回数リポート記事を投稿しようと思うが、どうかそのことをご理解いただきながら、今後の動向に注目いただければ幸いである。

 

追伸:この記事を書き上げたころ、タイムリーな出来事があった。

 

21/10/02提出 21/10/13受理 21/10/26公開

*1:いわゆるアニソンである。アニソンというとそうでない楽曲よりも下に見られる傾向があると感じるので本稿ではアニソンと呼ぶことは避ける。たしかに主題歌に採用された曲は強制的に繰り返し耳にすることでだんだんと気に入る効果はあるかもしれないが、キャストがボーカルを務める曲で声優の声を聴きたいとかキャラクターの息吹を感じたいとかいう動機でない限り(確かに自分もそういう動機でヘビロテする曲はある)、アニソンを聴く動機もその他の曲を聴く動機も、純粋にその曲が好きかどうかだけであって、その間に優劣は生じないと思う。アニソン独特のコード進行とかこういう作られ方がしやすいとかがあるのかは気になる。

*2:いわゆるガールズバンドである。注釈1と同様、そうでない楽曲と比べて下に見られる傾向があるのは何なんだろうね。そもそもガールズバンドってふつうのバンドと何が違うんだ?歌声の周波数?歌詞の内容?演奏のタイトさ?最初男性メンバーのバンドばっかりだった歴史的経緯?まあ強いて言えば男女で思想が違いやすいラブソングの歌詞とかには現れるかもしれんけど、その他の違いは曲を聴く要因の本質的な違いではないじゃんねー。こういった半蔑称的な使われ方をしなければ、字数も少なくて済むし使ってくれて構わないのだけれど。実を言うとガールズバンドもアニソンも、最近好きな音楽を紹介したらこの用語を使って馬鹿にされた経験があったからここまでセンシティブになっている。しかもその後その人が紹介してきたアーティストはアニメのタイアップ経験もある女性ボーカルのアーティストだった。自分の好きなアーティストも傷つけてるのがわからんのかね。しょっぱい注釈を2つ続けて読ませてしまってごめんね。

*3:2020年までに2曲の組み合わせにより片方が月150回を超えたり両方が月100回を超えたりしたのは、「21世紀宇宙の子」・「新しい文明開化」(東京事変、2011年7月172/161回)、「電光石火」・「月の爆撃機」(THE BLUE HEARTS、2013年5月116/102回)、「マルコ」・「さっきはごめんね、ありがとう」(クリープハイプ、2016年7月200/183回)、「恋」・「SUN」(星野源、2016年10月163/67回)、「感電」・「何なんw」(米津玄師/藤井風、2020年7月170/101回)。