読み鍋屋

杓子を逃げしものや何

「五等分の花嫁」を読破した今、主人公の皆に贈りたいメッセージ

アニメイトにやたら豊富なグッズ展開がされていることから存在を知ったアニメ「五等分の花嫁」の原作をついに全巻読み終えてしまった。今年1月にアマプラでアニメ2クール、原作では全14巻中10巻の内容までを視聴して、単行本を中古で全巻揃えた。

当初はアニメ化が5月に劇場版公開という形で控えている11巻以降は、映画を見るまで取っておくつもりだった。しかし、アニメで本作を好きになったとはいえ、作画や視覚的な演出は漫画原作のほうが好きな私は、やがて「漫画で初見の話を読む機会を逃してしまっていいのか?」と逡巡するようになり、コンディションが整った先週末にとりあえず残り4冊のうち2冊まで読んじゃおう、と手を出した。残り2冊で寸止めできるわけもなく、最後まで読破してしまった。やはり漫画で読んでおいてよかった。

私はドラマ、アニメ、映画問わず、恋愛ものの作品を積極的に観てきたわけではないが、本作はこれまで好きになった恋愛もの作品*1の中でも指折りに好きになった。あっけなく読み終わってしまって、寂しさと清々しさが入り混じった複雑な感情に苛まれている。

この作品が好きなのはもちろんヒロインの五つ子がかわいいからでもあるし、恋愛シーンがキュンキュンするからだし、コマ割の魅せ方とかの演出が群を抜いていたからでもあるけれど、何より主人公の風太郎と五つ子たちに共感したり見習ったりするところがたくさんあったからだと思う。みんな素敵な子達だった。当然5人の中で成就しない子が出たわけだけれど、だから残念というわけでもなくて、作品で切り出された先の未来で皆が幸せになることをこんなに願う作品も珍しいと思う。ここでは、主人公たちに伝えたいメッセージを綴る。

※これ以降、本文中で結末に関わるネタバレをします

一花

一花は最初から風太郎を食って掛かるような、余裕に構えて何を考えているか悟らせないような行動をとっていたね。だからこそ本心に支配されてしまって余裕がなくなってから、修学旅行前後に暴走してしまったのだと思う。業の深さをさらけ出しちゃうところは、とても人間臭さが現れててある意味魅力的だった。風太郎に見破られて自分の行いを省みたあとは潔く「全部嘘」と引いていったのは美しかった。

その後の自分の人生のために大きな決断をするとともに、五つ子や風太郎との間で真お姉さんムーブをとれるようになるところ、そんな中でもかわいさを覗かせるところがすごく魅力的だった。一花の魅力は、普段強がっているところに見せるほころびだった。そんなほころびに自覚的になれてコントロールできた今、俳優として急成長を遂げるんじゃないかと楽しみにしているよ。それでもプライベートでは、またコントロールできないくらい想いを膨らませられる人に出会えたらいいね。悪い業界人にだけは捕まらないように!!

二乃

二乃はとにかくその時々の自分の考えにしたがって全力で走っていく様が好き。でも必ずしも自己中心的な行動を取る訳じゃなくて、姉妹が怖じ気づいていたら、自分の足を止めて最大限の真剣勝負になるよう相手を鼓舞する姿勢がかっこよかった。きっと鼓舞した相手も二乃自身も成長できる、五つ子にとっての最大幸福に近づく姿勢だったと思う。そうして、一貫性はなくてもその時々の堂々とした行動には説得力があって、五人の中で人一倍誠実なのが、観ていて憧れた。

ツンデレツンの回では、加減が出来なくて従来と同じかそれ以上にツンツンしちゃうところ、それで後悔しちゃうところ、ビビってくれたことを知って嬉しくなっちゃうところ、全部引っくるめてかわいかった。そんなところを受け入れてくれる人が近いうちに現れそうだけど、そういう人が二乃を暴走させちゃうほどの魅力を兼ね備えているかはまた別の話。物足りなく感じちゃいそう。自分にも相手にもバランスが大事だね。

三玖

最初に好きになってから一番共感して応援していたキャラクターが三玖だった。自己肯定感が低くて一歩踏み出すのが怖いこと、その一歩のためにあえて遠回りな目標を設定してしまうことは身に覚えがありすぎてわかりみが深すぎた。でも風太郎のために料理の腕を磨いて、それがやがて自分の人生の道筋になったこと、修学旅行のときに一歩踏み出してから吹っ切れてためらいがなくなったこと、その成長が見ていてとても嬉しくて、でも自分がおいてけぼりにされてしまった気もしてちょっぴり寂しかった。

結果的には失恋しちゃったけど、風太郎との恋の過程で育んだ自己肯定感は、失恋という結果を差し引いてあまりある成果を三玖にもたらしたと思う。最後の方はちょっと行きすぎな行動がちょこちょこあったけれど(笑)、そういう行動を一度やってみたことで、次からは相手がその行動で喜ぶかを冷静に判断できるようになるんじゃないかな。これからはアプローチをしなかったとしても、やってみたいけど怖くて出来なかったのとは全く違うと思う。次に素敵な人と出会えたらきっとうまく行くと思う。ていうか行ってくれなきゃ困る。

四葉

元々自分を押し出すタイプではないのに、アニメでは尺の都合で主役エピソードがちょこちょこカットされてしまっていたから、残念ながら、修学旅行までただ天然のお人好しなのかなという印象ばかりで、思い入れを持ちづらかったというのが正直なところ。でも前の高校での出来事を知ってからかなり印象が変わった。

対等な人間関係を保つのって、実は一番難しいと思う。先輩後輩とか年上年下とかって、とりあえずその関係に自分の身を置いてふるまってしまえばいいという点では楽だよね。でも対等な立場を誰かと作ろうとした時には、当然その人と自分ではたくさん違いがあって、自分のほうが優れていることもあれば、相手の方が優れていることもあって、たまにその自分の方が優れていることにとらわれて、つい相手を見下したふるまいをしちゃうことがある。五つ子のみんなはお母さんから一緒にいるように願われて育ったから、一緒にいることと足並みを揃えることが必ずしも一緒ではないことに気づけなくて、抑圧された反動で、四葉がああいう行動に出てしまったんだと思う。

そんな行動をしても、自分が大きな挫折をしたときに皆はついてきてくれたね。それまでの自分を省みて、姉妹だけじゃなく人のために尽くしながらも、きっと四葉は度々自分を偽善だと責めていたんじゃないかな。でも本当に自分の中から出た行動じゃなかったら何年も続けることは出来ないから、四葉が人のためを思える素敵な子なのは本当なんだよ。そう思ったから、最後に四葉が報われてくれて本当に嬉しかったし、そういうところをちゃんと見つめられる人だったから、僕は風太郎を尊敬してきたんだと思う。どうか抱え込みすぎずに、モヤモヤしたら話し合って風太郎と二人で歩んでいってね。

五月

まじめなのに要領が悪くってなかなか思いどおりに行かないところがチャーミングだったけど、努力を重ねる姿は僕には真似できないからすごいなと思った。

おかあさんと同じ先生になるのを夢にしていていいんだろうか、という問いに対する答えは風太郎がもう出してくれたけど、どうしたって途中でおかあさんと違うところが出てくるだろうし、違うなと思ったらやめちゃえばいい、くらい気楽に構えてた方がうまく行きそうな気がする。きっと勉強が苦手だったのに頑張って夢をかなえた経験は、生徒たちに寄り添う強みになると思う。

お姉ちゃんたちを気にかけて右往左往していたから、きっと先生になってからも生徒たちのことを思って右往左往して、たまに失敗すると思うけど、だんだんバランス感覚が身に付いてくると思うし、真摯に向き合っていることが生徒に伝わればそれだけで本人にいい影響を与えると思う。自然体でいればきっといい先生になれる!

風太

風太郎は最初から最後まで信頼できる主人公だった。家族のためにお金を稼ぐというモチベーションで、最初ほとんど乗り気でなかった五つ子たちに忍耐強く向き合ったこと、ただ勉強が出来るだけじゃなくて、大事なことを力強く伝えて五つ子たちを前進させる姿、しかも教師だからといって驕ることなく教え子たちから勉強以外のことの大切さを学ぶ姿勢がいつもまぶしかった。何より、あれだけたくさんの子からアプローチを受けても動じずに一人の子を一途に思い続ける姿はかっこよかった。これからもそのままの風太郎で、四葉と二人三脚で歩んでいってね。僕も頑張るよ。

*1:ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」とか、小説「陽だまりの彼女」とか、映画「ローマの休日」とか。