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杓子を逃げしものや何

2022年1-2月に出会った曲たち その2:羊文学編

様々なアーティストの曲を初めて聴いていっぺんにヘビロテする時期が訪れた今年の冒頭2ヶ月。そこで出会った曲たちをひとつの記事で書ききろうと思ったが、アーティストやタイアップ作品ごとにそれなりの分量になったので、それぞれ一つの記事にして好きな曲をレビューしていく。前回髭男の好きになった曲を紹介した。全5回の2回目となる今回は羊文学!

羊文学とは

羊文学もだいぶメジャーなバンドになってきたが、髭男ほどではないと思うので一応紹介しておこうと思う。羊文学は、2012年に結成され、2017年に現体制になった女性3人組オルタナティブ・ロックバンド。2016年にフジロックに出演していたそうだ。2020年8月にF.C.L.S.(ソニー・ミュージックレーベルズ)に移籍し、2020年8月にメジャーデビューした。その名前を広めた最初の楽曲はおそらく「マヨイガ」だろう。ていうかこの記事のために調べたらボーカル・ギターの塩塚モエカは私の一年下で中学受験を経験していて、いわゆる女子御三家の学校出身だった。たまげた。

私が出会ったきっかけ

羊文学はTwitterのフォロワーさんも話題にしていたし、飲み友達がドラム教室の自由選択曲で練習しているとも聞いていたので、一年くらい「次に聴くアーティストリスト」に入っていた。そんな中、昨年出会って大好きになったアニメ「けいおん!」の山田尚子監督が最新作のアニメ「平家物語」のOP曲に羊文学を起用したと聞き、これはいよいよ聴く時が来たようだと心したのが、たしか平家物語がFODで配信開始された昨年9月ごろ。そして今クール満を持して放送が開始し、主題歌の配信もスタート。そこに待っていたのは、決して音の主張は激しくないものの強く心に訴えかける楽曲だった。

楽曲レビュー

光るとき

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平家物語のキービジュアルがあしらわれた、「光るとき」のジャケット。

これがその平家物語の主題歌である。けいおん!界隈のフォロワーも赤い公園界隈のフォロワーも話題にしていて嬉しかった。聴いてみた第一印象は、バーブマシマシのギターが好印象な曲。今まで私が好きになったギターの音色は、ほぼアンプに通しただけの乾いたカッティングみたいな音、ゴリゴリに歪んだ音、ディレイがかかったあちこちから聴こえてくる感覚になる音、海辺にいるような感覚になるトロピカルな感じの音まで*1、幅広くはあっても、サウンドの柱はすぐ近くにしっかりと感じられることは必要条件であった。自分でアンプにプリセットされている音色を選択するときも、輪郭のはっきりした音色を好んで選んでいた。でもこの曲で印象深かった間奏とアウトロのギターは、どこか遠くの方でなっている防災無線のようなリバーブがかかっていて、掴み所がないような音色だ。なのに力強さも感じる不思議な感覚に襲われた。これだけぼかしても芯を感じる事ができる、今まで出会ったことない類のギターに大きなインパクトを受けた。そうして繰り返し聴いているうちに、歌詞もすごく力強いことを歌っていることに思い至った。

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この曲が使われている「平家物語」のノンテロップオープニングはこちら。

何回だって言うよ 世界は美しいよ 君がそれを諦めないからだよ

最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても 今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ

この曲は平家物語のタイアップ曲なので、その主人公である平家一族の盛者必衰を主題としている。「最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても」というのは当然、直接的には平家が壇ノ浦の戦いで滅びることを歌っている。しかし、人はみないつか生涯を終えるけれど、その生きていた過程が大事なのだという主張は、時代を超えて普遍的に通じるもので、間接的に現代に生きる私たちへのメッセージにもなっている。このメッセージは、山田尚子監督がインタビューで語っていた「この作品は叙事詩でなく叙情詩として描きたい」という姿勢、すなわち何が起こったかよりも、その出来事に直面した人々は何を思ったかに重きを置きたいという考えにもピタリと寄り添っている。こうした姿勢は、私がけいおん!を好きになった理由にもつながっている。けいおん!は劇的な出来事が起こるわけではなく、基本的には主人公たちが放課後に部室でくっちゃべっている様子が描かれるが、その分彼らが感じた気持ちとか関係性が濃密に描かれていて、視聴者も彼らと人生をともにした気分を味わえる。まさに叙情詩であった。特に私は「君たちはありあまる奇跡を駆け抜けて今をゆく」という結びの一節が好きだ。

このように強い芯があってリスナーを後押ししてくれるメッセージを送り出す歌声は儚さを伴っていて優しい。だからこうしたメッセージが押し付けがましくなく心に届くのだと思う。でもこの曲を聞いたあとに合わせて聴きたくなるのは、ピロウズの「ハイブリッドレインボウ」だったりサンボマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」だったり東京事変の「緑酒」だったり、弱って立ち上がれなくなった人間をひっぱたいて起き上がらせてくれるような楽曲たちである。これらに比肩する強さを優しさで包み込んだ「光るとき」、ぜひお試しいただきたい。

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アーティスト公式のフル動画はこちら。

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この節を書き終えたところに、同じようなことを伝えてくれている記事を見つけたよ、山田尚子監督が話しているところもみられるよ、山田監督が最小限の言葉でこの曲の魅力を伝えてくれているよ

マヨイガ

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真夜中に一人で聴くと沁みる。「その明日がきみを苦しめようと 痛み知る優しい人でありなさい」「その先が闇に思えようと 今ここにあなたを信じる場所がある」「君の今、君のすべてが喜びで溢れますように」「君の明日はどうしたってやってくる」という穏やかながらも力強いメッセージは若い人たちに刺さっているようだ。YouTubeのコメントに、大学受験でしんどい時に心の支えにしてもらっている旨のコメントが並んでいてじーんとした。自分も大学受験の時に東京事変とかTHE BLUE HEARTSとか、音楽に支えてもらったな。

このメッセージが届くのは、やはり演奏にも歌詞にとてもマッチする穏やかさと力強さが備わっているからだと思う。静かながらも芯を感じさせるのは、羊文学の中では比較的速いテンポを楽器隊が揃って一定のリズムで刻んでいるから。Aメロ、Bメロで特に静かに駆け抜けているから、サビでそこまで大きくしすぎなくても盛り上がりを感じることができる、緩急に優れた曲。まるで豪速球は投げられないが緩急とコントロールで抑えるヤクルト石川投手とか阪神秋山投手とかみたいだ。っていう例えは、たぶん羊文学を好んで聴く人たちには通じないだろうけど(笑)

with蓮沼執太フィルのバージョンも、楽器の輪郭がはっきりしていて違った良さがあって好きです。

あの街に風吹けば

ここまでの2曲が、押し付けがましくなく、しかし力強く背中を押す曲だったから、とにかく楽しい曲調のこの曲が映える。「私今とても幸せよ」「世界はこんなにも美しいのに目隠しするのは誰」と、ひたすら楽しさを爆発させるようなシャウトが聴いてて気持ちいい。ベースラインが気持ちいい。クラップも気持ちいい。全体的にウキウキする。

なつのせいです

ゆったりしてるけど明るめの曲続き。「逃避行、どこ行こう?何しよう、なんでもいい」とかですます調連発とかのゆるい韻と、それにマッチしたビートが心地良い。

そういえばクリープハイプも夏のせいにしてたな(「ラブホテル」)。あっちは夏のせいにしてホテルに誘う歌でだいぶ性格は違うけど(笑)、逆にいえばそれだけ違う性格のグループが「夏のせい」というフレーズで曲を作っているのが興味深い。思えば「鎌倉殿の13人」の大庭景親も、清盛の許可無く源頼朝を倒しちゃいけないと言っていたけれど、大義名分を得た途端に攻勢に出たな。逆に「ちはやふる」や「五等分の花嫁」では、勇敢さが大きいわけじゃないキャラクターが背中を押してもらうために、自分の大義を達成したらより勇気を出して思いを伝えようとしていたな。結局大義というのは理にかなっているかじゃなくて、どう使うかでしかないんだろうね。

その他の「POWERS」「you love」楽曲

ここまでに紹介した曲はシングル曲とメジャーデビュー2枚目のアルバム(ミニアルバムとしては1枚目)「you love」収録曲で、私はメジャーデビュー1枚目のフルアルバム「POWERS」と2枚を借りてきて聴いている。1枚目の「POWERS」はシンプルな曲が多い気がする。「mother」は楽器隊の音の輪郭はぼやかされているけれど聴いてて心地よくて、気づくと終わっている曲。「Girls」、「変身」、「1999」はシンプルなコードで構成されたフレーズと違和感を覚えさせる癖になるメロディが組み合わさっていて、ライブハウスで体を揺らしながら聴きたい曲だ。「歩道橋でダンス」(変身)とか「ちょっと待ってムーン」(ハロー、ムーン)とか「それは世紀末のクリスマスイブ」(1999)とか、声に出して読みたい日本語が絶妙に気持ちよくなるメロディに乗っかってちょこちょこ登場するのもいい。2回目くらいまでは素通りしちゃうけど、よくよく聴き直したら面白いメロディだな?と気にかかりだしたら、あなたはもう蜘蛛の巣にかかった蝶のように絡め取られている。

「you love」は「POWERS」よりもっと好きな曲が多い。ベクトルは違えどいい曲揃いだ。「白河夜船」はシンプルにアコギで料理されている。「夜を越えて」は印象的なメロディが多い。たぶんアルバムとしてこっちのほうが好きだと思ったのは、「あの街に風吹けば」と「なつのせいです」という手放しで楽しい!という曲が加わってこのバンドの幅が広がったように感じたからかもしれない。あと新しく知ったアーティストのアルバムを1枚聴くというのは結構なカロリーを要する行為で、後半印象に残せるほどの体力が残せなかかったからかもしれないと、本稿を書き始めて「1999」の歌詞アクセスが多いことに気づいて「POWERS」の後半を聴き直して思い至った。

終わりに

まず「光るとき」に出会ったので「光るとき」から紹介したが、他の曲も聴いてみて、この曲はそれまでの曲のいいところをたくさん盛り込んだ曲なんだなあということに気づいた。穏やかな曲調もうるさすぎないが激しい曲調も、輪郭をぼかしたギターも単音をきれいに響かせるギターも、感情を載せやすいメロディに合わせて口ずさみたくなる歌詞も。なので聴いたことのない人には「光るとき」を聴いてみてほしい。

最新のアルバムのほうが好きな曲が多いというのは、バンドが私の好きな方向に進んでいるということでもあると思うので、これからの活動が楽しみである。まずは数日前に発表された、4月にリリースされる2枚目のフルアルバムから!

*1:ギターを始めて間もなく1年経つのに、このボキャブラリーの乏しさである。