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四間飛車の本を紹介するコーナー 第4回 長岡裕也『四間飛車で勝つための15の心得』

長岡裕也四間飛車で勝つための15の心得』マイナビ出版、2016年

先手番ならこれ一本で完結、藤井システム研究の集大成

「○○で勝つための○○の心得」というタイトルが特徴的な、マイナビ将棋BOOKSから出ている一連のシリーズの一冊。

私はこのシリーズを読んだことが無かった。タイトルや表紙の雰囲気から、なんとなく初心者~中級者向けの内容を予想していたのだが、これがとんでもない勘違いで超ハイレベルの棋書だった。帯に「プロの常識教えます」と大書されているのだから、当然といえば当然か。
本質的には、先手番藤井システムの研究書である。

藤井システムといえば「アマチュアさんお断り戦法」の代表格のようなもので、難解極まりない戦法である。以下、私なりにその歴史を振り返ってみよう。

今からおよそ30年前の1990年代、居飛車穴熊(第1図)の登場によって四間飛車は絶滅の危機に瀕していた。

居飛車穴熊。登場初期によく指された形。阿部健治郎四間飛車激減の理由』(マイナビ、2012年)によれば、プロの公式戦においてこの形の居飛車穴熊の勝率は6割を超す(対四間飛車の場合。四間飛車以外の対振り飛車戦績は不詳)。

この強敵を打破すべく、若き振り飛車党を中心として幾多の居飛車穴熊対策が考案された。その中でも藤井猛(※藤井聡太ではない)が編み出した藤井システムは革命的だった(※羽生善治の実戦に着想を得、藤井猛が洗練・尖鋭化したと聞く)。通常、将棋の序盤はまず玉を囲うものとされる(第2図)。

ところが藤井システムは、玉の囲いを後回しにする(第3図)。

居飛車穴熊は組むのに時間がかかる。ならば急いで囲わなくとも良い、という逆転の発想。

囲いの分の手数を攻めの下準備に充て、居玉のまま襲いかかる(第4図)という斬新な戦法だった。

1号局として有名な▲藤井猛vs△井上慶太戦(第54期順位戦B級2組、1995年)。後手が早々と穴熊を表明したため、先手は▲5八金左すら省略して攻撃陣を作った。当時順位戦6連勝中で絶好調だった井上を相手に、藤井は居玉のまま47手の短手数で押し切った。

藤井システムの登場によって、四間飛車が息を吹き返したばかりでなく、序盤の駒組み手順が見直され、将棋の戦法全体に対する考え方が一変したと言われる。以来、藤井システムをめぐる研究が盛んになされ、極めて専門性が高い領域として定着した。現在では、居飛車側の対策が進んだことや、四間飛車側も藤井システム以外の選択肢が増えたことなどから、プロ間でも藤井システムが実戦に登場する機会は以前と比べれば減っていると聞く。しかしながら藤井システムの有効性は未だ健在であり、藤井システムを含みとした四間飛車の駒組みが指し継がれている。

以上、藤井システムについて概観したが、要するに藤井システムとは「ハイリスク・ハイリターンな戦法」の一種である。入念な研究準備と高度な対応力が要求されるため、プロ間ですら得意とするのは一部のプロフェッショナルに限られる。いわんやアマチュアをや。


そういうわけで藤井システムを実戦で投入するプレイヤーはアマ・プロ問わず少数派なのだが、依然として居飛車穴熊は強敵なので、見せ球としてチラつかせる駒組みが主流になっている。居飛車穴熊側は藤井システムをまともに喰らうと大変なことになるので、駒組みにある程度の制約を受けることになる。四間飛車側はそれを見届けて、藤井システム以外の作戦に移行する、という道筋だ。
つまり「投げるぞ! 投げるぞ!」と牽制して、居飛車穴熊の駒組みを制限する目的で使われることが多いのが藤井システムの現状といえる。
とりわけアマチュア間ではこの傾向が強い。序盤の駒組みの段階では藤井システムっぽい雰囲気を匂わせるだけ匂わせておいて(第5図)、実は細かい手順はほとんど知らない、というプレイヤーも少なくない(はず)。

四間飛車側の概念図。藤井システムの細かい手順をまったく知らなくても玉の移動を後回しにするだけで、なんかそれっぽく見える。

なのでアマチュア間では、四間飛車側が「投げるぞ! 投げるぞ!」の牽制に対して、居飛車側が「じゃあ投げて見ろよ!」と開き直って挑発するパターンが多々ある。「ホントは藤井システムを指しこなせないんだけど、相手がひるんでくれたら儲けものだからとりあえずそれっぽくしとこう」と考える四間飛車側と、「ホントに藤井システムで攻められたらマズいんだけど、どうせ見せかけだから、居飛車にとって都合の良い形の穴熊を一目散に目指そう」と考える居飛車側の間に、「ビビった方が負け」というチキンレースが勃発するのである。この時に居飛車側の主張を通してしまうと、四間飛車側としては「ぐぬぬ……」と悔しい思いをすることになる。

本書はそんな「なんちゃって藤井システム使い」の救世主となりうる一冊である。

棋界きっての研究家である長岡裕也五段の著作にふさわしく、詳細な研究手順が余すことなく記されている。氏は以前、『近代将棋』という機関誌で藤井システムの研究を披露していたが、それを土台として発展させたのが本書ではないだろうか。
近年に発刊された藤井システム解説書(とくに四間飛車視点で書かれたもの)としては質・量ともに最高水準と思われる。

本書は全2章の構成となっており、第1章が「四間飛車の心得」、第2章が「藤井システムの心得」と題されている。端的にいえば、第1章は藤井システム”以外”の戦型を、第2章は藤井システムを扱う。すべて四間飛車が先手番だ。

全体としては合計15個の「テーマ図」を起点として(第1章が8つ、第2章が7つ)、そこから派生する変化手順を詳細に解説するスタイルを採用している。

第1章は四間飛車側が▲1五歩と端の位を取っている形が多く、藤井システムを使えなかった場合の予備知識という意味合いが強い。
紹介されている戦型は、斜め棒銀・早仕掛け・左美濃・ミレニアム(△4四歩型)・▲6六銀型四間飛車vs△居飛車穴熊と幅広い。多くの類書は幅広い戦型を扱う場合、個々の解説が浅くなる(俗に「カタログ的」などとも呼ばれる)ケースも少なくないが、本書第1章は相当に密度が高い。

第2章は先手番藤井システムの解説で、きわめて詳細、かつ体系立てて整理されている。基礎の基礎から教えてくれる……なんてことはなく、2022年現在のアマ有段~高段帯でもいきなり実戦投入可能な、実用性十分の内容になっている。

第1章・第2章ともに、定跡をひとつひとつ丹念に点検してゆく著者の熱意が伝わってくる。
四間飛車&先手番藤井システムの総点検、と呼ぶのにふさわしい一冊だと思った。

■まとめ

先手番で藤井システムを使いたい人は、辞書代わりに手元に置いておこう。
逆に藤井システムを指す気がないプレイヤーにとっては不要。
はっきり言ってほとんどプロレベル。プロ棋士藤井システムの研究のために本書を買ったとしても不思議ではない。
第1章だけならアマ二段~三段くらいからでも役に立つ。ただし、わかりやすい本は他にもある。
第2章は藤井システムの素養が必須。有効活用するには最低でもアマ四段の棋力は必要だろう。

これだけの内容をよく一冊にまとめたものだと感心した。
非常に密度が高い、力のこもった良書でした。