畠山成幸『豪快四間飛車』創元社、2008年
懐かしさただよう 中級者のための四間飛車ガイド
本書は主に後手番での四間飛車を解説している。
副題は「徹底研究 対急戦 対持久戦」。
この一冊で居飛車の急戦にも持久戦にも対応できるという売り文句だ。
読者への配慮として棋譜・局面ともに先後の表記を逆転させ、本来後手番の四間飛車を先手、居飛車を後手として扱っているが、本稿では先後反転表記には従わず、本来の表記を採用する。
■第1章 対急戦編
第1章「対急戦編」では居飛車の急戦策に対して△3二銀型(第1図)で迎え撃つのを推奨し、山田定跡・鷺宮定跡を中心に解説している。
△3二銀型について説明しておくと、これは△4三銀(第2図)と上がらずに待機する形である。
もう少し細かく言えば、第1図以下、△5四歩と突いて待機する形(第3図)を取り上げている。
この形においては、▲9七角の端角(第4図)から▲7九角と引く作戦が強敵だが、その対応にも触れられている。
急戦編は著者の実戦をもとに書かれたと思しく、変化手順を含めて取り上げられている手順は詳細に解説されている。詰む・詰まないの最終盤まで踏み込んだ変化もあり、中終盤の戦い方も参考になるだろう。
■第2章 対持久戦編
第2章「対持久戦編」では左美濃・居飛車穴熊・ミレニアム・五筋位取りを扱う。
対持久戦編も四間飛車がすべて後手番で、読者への配慮がうかがえる。
対左美濃では▲6六銀型に加えて▲6六歩型も解説しており好印象(第5図)。
ただし▲6六歩型はわずかに触れる程度なので本書だけでは心許ない。
134頁に「有名な対策としては、組む前に仕掛ける藤井システムや、相手にじっくりと組ませて戦う鈴木流(筆者註:△4四銀型のこと)があるが、どちらもかなり特殊な感覚が必要とされる。また、慣れるのに時間がかかるので、その中間の作戦を解説していきたい」とある。
浮き飛車を、藤井システムと△4四銀型の中間と位置づけたのは「言われてみれば、たしかにその通りだ」と思った。
第6図にいたる過程で、△4五歩と角道を開けた瞬間(第7図)には居飛車側に二つの方針がある。
居飛車が角交換に応じた場合は浮き飛車にせず戦う変化も解説されている。居飛車穴熊に対する浮き飛車の指し方を知らない方は参考になるだろう。
(一応注意しておくと……居飛車穴熊に対する浮き飛車作戦は一時期流行したが、有力な対策が見つかり下火になった。本書はとはいえ初段前後では「正しい受け方」を知っているプレイヤーはそれほどいないだろうから今でも十分通用するだろうし、本書の解説もそれなりに行き届いている。)
ミレニアム・五筋位取り(後述)への対策も基本的なポイントが押さえられている。
広く浅くの感はあるが、左美濃・居飛車穴熊・ミレニアム・五筋位取りという四つの有力な戦法への対策が学べる点が本書の長所だろう。
以上、本書対急戦編・対持久戦の「いいところ」を挙げた。
以下、本書の「ちょっと残念なところ」を挙げてゆく。
■ちょっと残念なところ
以下本書の残念ポイントを挙げてゆくが、これはあくまで2022年現在の視点に立ったものであることを初めに断っておく。本書の発行は2008年であり、2022年の目から見れば評価が下がるのは仕方が無い。それでも言っておきたいことがある。
まず本書全体にいえることだが、紹介されている形が古い。
古いと言って悪ければ、マイナーな形が多い。
解説自体はそれなりに詳しいが、本当に需要があるのか若干あやしい部分がある。
第1章対急戦編において、本書は「△3二銀型と△4三銀型を比較すると、△3二銀型の方が四間飛車側の方針が分かりやすい。よって△3二銀型を推奨する」という立場を採る。
その考え自体には文句のつけようがない(むしろ支持したい)が、私が問題視するのは本書10頁のこの局面だ(第8図)。
第8図第1章対急戦編の基本図とも呼べる局面で、第8図以下、居飛車の対応によって戦い方が変化する。
10頁によれば「相手の作戦幅をせばめる」ために、△4三銀を保留する方針を採用するとある。
しかし本当に第8図は居飛車の作戦の幅がせばまっているのだろうか?
というのも、24~57頁において、▲2五歩を保留したまま▲3五歩と仕掛ける形(第9図)が解説されているのだ。
第9図の仕掛けは率直に言って、どマイナーである。
「▲2五歩を保留したまま…」というのは▲2五歩△7七角の交換を入れないまま▲3五歩と仕掛ける、ということで、現代(2008年発刊当時においても)の目からすれば裏定跡にも等しい。
第1章の流れとしては、11~23頁において▲2五歩△7七角の交換を入れる通常タイプの山田定跡(第10図)を解説した後で第9図以下の解説がなされる。
▲3五歩以下、△3五同歩▲4六銀と進んだときに△4五歩の反撃ができないところに居飛車の主張がある(第11・12図)。
つまり第10図の派生形として第9図が取り上げられる。
解説の流れとしては自然ではあるが、第9図の仕掛けを実際に対局でやってくるプレイヤーがどのくらいいるだろうか?
まずそもそも第9図の攻め方を知っているプレイヤーがどのくらいいるのだろうか?
あくまで私の感覚ではあるが、相当少ないのではないだろうか。
だとすれば、本書を必要とする棋力の読者が、第9図以下の対応を勉強する必要性は薄く、読者のニーズから外れていると評価せざるを得ない。
この変化に20ページ以上を費やす必要がどこにあるのだろうか?
そもそも第8図をスタート地点に据えるのが気にかかる。
第9図の攻めを誘発した原因は四間飛車側の角に紐が付いていない(角を取られたときに取り返せない)ことにある。
だから△5四歩にかえて△3三角とすれば、第9図以下の攻め方を心配せずに済む(第13図)。
ではなぜ本書第1章では第8図がスタート地点に据えられているのだろうか。
私はその手がかりを第2章に求めたい。
第2章のラインナップは左美濃・居飛車穴熊・ミレニアム・五筋位取り。
注目すべきは五筋位取りが取り上げられている点にある。
つまり本書は、五筋位取りを警戒して早めに△5四歩と突く手順を推奨しているのではないか、という推測が立つのだ(第14図)。
もし仮にそうならば、本書の構成は理解できる。
ただし、2008年発刊時点においても既に五筋位取りは過去の戦法になっていた。△5四歩を急ぐ理由が五筋位取りへの警戒にあるのならば、その感覚は古いと言わざるを得ない。
本書冒頭の「はじめに」において、著者の畠山成幸先生は「この本は、私が将棋をおぼえた当時の自分が読んでおもしろく感じるかを意識して書いた」と述べている。畠山先生は昭和44年生まれのベテランだが、第1章対急戦編に限っては昭和の価値観を強く感じてしまった。
■ミレニアム
とはいえ、本書が古くさいわけではない。
少なくとも2008年時点では利用価値があったと思われる。
ミレニアム対策を紹介しているのが本書の大きなポイントである。
ミレニアムとは囲いの名前で、2000年頃に出現したからこのように呼ばれる。穴熊並の固さを備えつつ、穴熊よりも組みやすいのが特徴で、藤井システム対策として編み出された経緯がある。他にはトーチカやカマボコなどの呼称もあったが、2022年現在はミレニアムと呼ばれることが多い。囲いの形は大きく2パターンあり、どちらもミレニアムと呼ばれる(第15図をミレニアム、第16図をトーチカと呼び分ける方もいる)。
ミレニアム対策を解説する棋書は比較的珍しく、その点において本書の価値は高い。
ただし。
また2022年現在の目から見れば、これもまた古びてしまっている。
近年、ミレニアム再評価の気運が高まっているが、今流行のミレニアムは上記の形ではない(第17図)。
形自体は以前からあったが、今、ミレニアムといえばほぼこの第17図の形を指す。
本書では第17図のミレニアムは紹介されていない。
私は本書を読む際、第17図のミレニアムを想定してしまっていたため、肩透かしの感があった。
■再び急戦編について
「△4三銀型の方が四間飛車側の方針が分かりやすい」とする類書が目立つ中、本書は少数派、とまでは言わないが若干特殊なスタンスのように思われる。
もっとも△3二銀型に組むのか△4三銀型に組むのかといった選択権は四間飛車側にあるので、好みで使い分けられるに越したことはない。
たとえば△4三銀型は▲4五歩早仕掛けが強敵で変化手順が多岐にわたり、指しこなすのが難しい。「▲4五歩早仕掛けを相手にするのはイヤだ!」という方は本書で△3二銀型を修得するのがいいだろう。
近年は中級者向けの本で【△3二銀・△5四歩】型の四間飛車を深く解説するものが少ないように思われるので、そういう意味では本書は貴重な存在といえる。
■まとめ
2022年現在の目で見れば古い形が多い。
対象棋力は3級~二段くらい。
急戦に対する△3二銀型の入門書としては良質なので、「△4三銀型だとイヤな変化がある」「△4三銀型では勝ちにくい」と感じているプレイヤーにはすすめられる。
居飛車穴熊に対する浮き飛車作戦も、2022年現在では採用するプレイヤーが少ないだろうから、慣れていない居飛車党相手には効果的だと思われる。
古い形が多いというのは、最新の本ではあまり取り上げられない変化を紹介しているということでもある。そのため、知識の抜け漏れが気になる性格の中級者は、手に取ってみてもいいかもしれない。
楽天でバーゲンされている模様なのでどうぞ。