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四間飛車の本を紹介するコーナー 第1回 高野秀行『四間飛車がわかる本』

高野秀行四間飛車がわかる本』(浅川書房、2008年6月)

▲5七銀左戦法の急所を徹底してかみ砕く、隠れた名著

■「ごく普通の将棋ファン(5級から三段くらい)のレベルに合った本」(p.7)

四間飛車は、アマチュア・プロを問わず多くのプレイヤーに愛用される、人気戦法の代表格である。しかし将棋は非常に難解なゲームであり、当然ながら四間飛車も難解きわまりない。


ひとくちに四間飛車と言ってもその内実は細分化されており、わずかに形が違うだけでまったく異なる展開に進むことも少なくない。たとえば、四間飛車側が先手か後手か、それだけでも微妙に手の意味が変わってくるし(基本的には先手の方が一手多く指せるので、先手番のほうが有利に働く場合が多い。ただし限定的ながら、相手より一手多く指さなければならない=相手より早く陣形を確定させなければならないために、「後の先」を狙われるケースが存在する)、歩を突く筋が1マスずれただけでも全然違う将棋になる。たとえば△5四歩(第1図)と△6四歩(第2図)では、居飛車の対応次第でこの後の展開が大きく変わってくる。

四間飛車の解説書は大きな需要があり、実際に膨大な数の棋書が出版されているが、上記の理由から定跡書もまた難解で、本を買ったはいいものの読みこなせずに放り投げた経験がある人は多いだろう。もちろん私も例に漏れない。

本書はそんな読者のために、△4三銀型(第3図)のみに絞って解説している。

本書では四間飛車は後手番だが、第3図のように四間飛車側が手前になるように工夫されている(いわゆる「便宜上先後逆」の表記)。やさしい。

△4三銀型というのは剣道でいうところの「正眼の構え」みたいなもので、最も基本的な型である。剣道に竹刀の構え方が多く存在するように、四間飛車にも構え方が多数あるのだが、「本書が解説するのは「正眼の構え」だけです。まずはこれで勝てるようになってください」というわけだ。

本書の冒頭では以下の三原則が掲げられている。

1、アマ本位の手順とする
2、知識は最小限とする
3、中終盤のコツを伝える

「1、アマ本位の手順とする」とあるように、厳密には最善手ではなくやや迂遠だが、比較的安全に勝ちを目指せる指し方を主眼とする。一手の価値をとことん追究し、ぎりぎりの綱渡りの末に勝利をつかむようなプロ好みの指し方を避け、アマチュアが指しこなせるための工夫が施されている。

たとえば棒銀対策(第7章~第9章)では、もっともポピュラーな【△3二飛・△3四銀・△4三金】型(第2図)ではなく、ややマイナーながら分岐が比較的少ない△6五歩型(第3図)を採用している。

第4図に代表される形を「【△3二飛・△3四銀・△4三金】型」と呼ぶのは筆者のオリジナル。有名な形だが、とくに決まった呼び名があるわけではない。

「2、知識は最小限とする」と「3、中終盤のコツを伝える」に関して、「序盤から終盤までこの一冊でOK!」と謳う棋書には要注意で、そのテの本は中盤までならいざ知らず、解説が終盤に入ると途端に解説が雑になるケースも少なくない。
本書も多少はその傾向が見られるものの、「そもそも終盤まで解説するのは難しい」との見方に立った上でなおできるだけわかりやすくしようと配慮されている。
「こういうビジョンをもって指すといいよ」という感じで、局面ごとの方針の立て方を伝え、「この局面では、なぜこのように指すのが良いのか」という、手の流れの背景にある考え方を丁寧に説く。そのおかげで幅広く応用が利く戦術書に仕上がっている。

 

また、おすすめの指し方を解説した後に、
「本当はこっちの方が最短ルートで勝ちに近づけるんだけどね、難しいからマネしなくていいよ。でも将来役に立つかも知れないから一応知っておいてね」
という感じでハイレベルの指し方に触れることもあり、読者の棋力向上を真に願う姿勢がうかがえる。この誠実な姿勢が本書の価値を高めている。

 

ただし本書には難点もある。

「ごく普通の将棋ファン(5級から三段くらい)のレベル」に合わせて書かれた本ではあるが、私が見る限りではもう少しレンジが狭い。

たとえば、この文句を真に受けて、5級の方が本書を読んだと仮定しよう。やっぱり「難しいよ~!」と挫折してしまうのではないだろうか?

 

というのは、徹底的にやさしく解説している箇所があるかと思いきや、途中であっさりと解説が打ち切られている箇所も見受けられるからで、「やさしさにムラがある」本になってしまっている。
レクチャーとしては高品質ながら、私としては、さすがに「5級になったらこの本!」と薦めるわけにはいかない。
「5級じゃ理解できないよ」と言っているわけではないが、5級の読者がこの本についていくのは根気がいるだろう。なにせ将棋ウォーズ三段くらいでも学ぶことが多いのだ。初段の壁を突破するために、ぜひとも級位者に理解してほしい内容を多分に含んではいるが、全編通して級位者の視線に立って書かれているわけではないことに注意しよう。

 

また、無用な混乱を招きかねない不可解な要素もある。
各章各節のタイトルの直下には「基本」「必修」「応用」と三種類の分類表示がある。一見すると難易度の指標とも取れる表示がなされているのだが、「基本=初級、必修=中級、応用=上級」などと考えようものなら大やけどを負う。たとえば「まず一回目は「基本」の部分だけをかいつまんで読んでみよう。二回目は「必修」を含めて、三回目は「応用」まで読んでみよう」みたいな読み方はおそらくできまい。「基本」は分量が少なく、ここだけ読んでも意味が無い。「必修」の占める分量が多く、まず「必修」は無視できない。「応用」は確かに応用編とも言える手応えがあるが、「基本」「必修」「応用」の各パートはシームレスに繋がっており、「応用」まで読み進めないと「必修」で組み立てた手の流れの意味がわからないのでは……? と疑問に感じる箇所が多い。


この三分類が意図するものがわからず混乱したが、「基本」「必修」「応用」はそれぞれ「序盤~中盤の指し方」「中盤の指し方」「中盤~終盤の指し方」と読み替えるべきだろう。そうすると本書の構成がスッキリ理解できる。
そもそもこの三分類に関しては何の説明もない。凡例を付けるべきだろう。
読者としては各節タイトル下の「基本」「必修」「応用」の表示は無視してかまわない。


(最後に、「ごく普通の将棋ファン(5級から三段くらい)のレベル」に関して……カバー裏面の折り返し部分では、「「最強将棋レクチャーブックス」(筆者註:浅川書房が出版している将棋の本のシリーズ名のこと)は、級位者から初段・二段クラスの方を対象に、ユニークな視点と立体的構成で贈る本格的中級講座です」と書いておきながら、その真下には「本書のレベル……初心者~四段」ともある。書いてることバラバラやんけ!!!

■まとめ

将棋ウォーズ3級~三段のノーマル四間飛車使いには一読を薦める。
形は限定的ながら2022年のウォーズ環境にも十分に対応できる。

 

すでにある程度自分の型が出来ているプレイヤーや、「定跡うろ覚えだけどいつの間にか有段者になってた」みたいなプレイヤー(私です)がサプリメントとして摂取するには最適だろう。藤井本(『四間飛車の急所』)や渡辺本(『四間飛車破り』)が難しすぎて挫折した有段者(私です)にもおすすめできる。

 

船囲い急戦(=▲5七銀左戦法)の対処法を学びたい・復習したい人は必読レベル。
棒銀や早仕掛けに手を焼いている四間飛車党はぜひ読んでみて欲しい。
とくに早仕掛けは2022年現在においてもアマチュア間では猛威を振るっており、ノーマル四間飛車を指すなら避けては通れない。
そのため早仕掛けのパートだけでも相当の値打ちがあると言えよう。

 

ただし読みこなすには将棋の基礎体力が意外と必要。
級位者は、初心者向けの四間飛車の本をもう一冊用意した上でこの本を読もう。