読み鍋屋

杓子を逃げしものや何

ドイツ出張記 その1:準備から1日目

はじめに

機会に恵まれて1ヶ月半ばかりドイツに出張することになった。その旅の記録をまとめたいと思う。

準備編

*スーツケース選び

まずパッキングの話から始めたい。海外旅行ではこれまで個人で行くときには登山用のリュックを、家族と行くときは母と兼用のスーツケースを使っていたが、前回の海外出張で登山用のリュックに詰めたカップヌードルが潰れ、おみやげのショットグラスが割れてしまう不幸に見舞われたので(これも想定できたことだと思う…)、初めて自分用にスーツケースを買った。Amazonでスーツケースを探したが、めちゃめちゃ種類があるので、いくつかの条件を設定した。

  1. 容量
    1ヶ月半の滞在だが到底洗濯無しで乗り切ることはできないので全泊の服を持っていくことは諦め。また長期滞在でしか使わないような巨大スーツケースも持ち運びの勝手が悪いので避けたほうがいい。とはいえ2~3泊分だと小さすぎる。というわけで60L前後のスーツケースを選ぶことに。

  2. 仕事にも使いたいけど地味な色だと見分けがつきにくいしなあ…と思って、緑、オレンジ、黄色あたりの明るめの色が選べるラインナップを選ぶことに。
  3. トップオープン機能
    正直見た目と大きさ以外スーツケースなんて大差ないでしょう、そう思っていた私が愚かでした。トップオープン機能というものの便利さたるや。両面を大きく開閉するファスナーに加えて片面の上部がパカッと開くちっちゃなファスナー付きのスーツケース。出先でちょこっと荷物を出し入れしたいときに便利じゃないか!!と気付き、トップオープン機能付きのスーツケースを選択することに。

そして最終的に選んだのがこれ。

母が我が家に滞在しているうちに届くように買おう、と注文ボタンを押すのを先送りにしていたら、2割引きで買える機会を逃した。もったいねー😇

*支払手段の準備

ドイツ行きの飛行機は直行便もあるので航空券の手配の難易度は高くない。前回ギリシャに出張したときには旅行会社を通じて手配してもらったが、トラブル対応はもはやカウンターで簡単な英語を介してできるし、前回の出張時は変更可能便だったがカウンターで変更できずに歯がゆい思いをしたので、今回は思い切って航空会社直販で手配することにした。しかし海外の航空会社の運航便はクレジットカードかPaypalしか使えないことが判明。口座払いができるANAにした。

この他にも先月は宿の宿泊料を一括でクレカ払いしたことで、クレカの限度額の4割が消費され、残り4万5千円くらいで3週間をなんとか過ごしていたのに、前月までに予約していたアニメイト他のリコリコグッズ約3万円分が引き落とされ、クレカの支払日の数日前には数千円しか使えなくなっていた。なんならさらなる前月までの予約を一つ弾いてドヤ顔していた。笑

Paypalも口座払いは存在するけど、数年前のドコモ口座払い事件のせいでゆうちょは未だに使えなかった。やっぱりクレジットカード複数持ちか、ゆうちょ以外の口座を開設するのがいいな。最近はコンビニの引き出し手数料のほうが金利より遥かに高いから、コンビニ系のオンライン銀行口座がいいかな、なんて考えながら、結局現金以外にはクレカ1枚で旅に出ることに。

2月6日 月曜日

研究室で済ませなければならない、出張に関わったり関わらなかったりする山のような手続きを前週金曜日にすべて終え、この日研究室ではやり残したことがないか確認しながらゆっくりと過ごした。鹿児島の友人と会おうとしていた予定が母の来訪によって流れかけた(どちらも事前にわかっていたことなので、完全に自分の調整不足)せいで、出発前の3日間くらいはすでにホームシック気味でテンションが非常に低かった。テンションを取り戻すために、映画けいおん!を母と観て、海外旅行(出張だけど)への機運を高めながら、今感じている寂しさを唯ちゃんたちの卒業の寂しさで上塗りして気を取り直した。母もちゃんとけいおん!を観たのはたしか初めてだったが、気に入ったようだった。ついでにパッキングしながら観たぼっち・ざ・ろっく!も。結局調整不足で会えないと思いこんでいた友人には、出発前夜に土壇場で夕飯を共にできたので機嫌を取り戻した。笑

そうこうしながら、なかなかはかどらなかったパッキングも重い腰を上げて何日か前にやり始め、この日にようやく詰め終えた。せっかく買った液タブが多忙のせいであまり触れていなかったので持って行こうと思い、箱ごとスーツケースに入れてみるも、思ったよりスペースを専有してしまった。ていうか想像してたより全然荷物入らないね?滞在先でお世話になる方のご親戚が鹿児島に住んでいるので荷物を色々受け取ったけど、入り切らなくていくつかを断念。液タブの箱に下着を詰めて圧縮袋で服を圧縮して、ようやっとパッキング完了。

2月7日 火曜日

国際線への乗り継ぎ先の東京まで移動。母が空港まで車で迎えに来てくれたので、乗って実家に帰る。昼ごはんはリコリコのラノベに登場して聖地になっている「花いなり」に行ってついでに聖地巡礼してみたいな…なんてアイデアが頭をよぎるも、着く頃には確実に閉店時間になっていることが判明し断念。

結局下道で行くことになり、道中に今の実家に引っ越してくる前の小学生の頃に住んでいた街を通ることが判明したので、途中下車して辺りを散策した。久々に訪れて母と15年以上も前の出来事を振り返りながら歩く街は、たまに訪れていたファミレスが更地になっていたり、スーパーの売り場面積が縮小して、代わりにホームセンターが入居していたりと、少しずつ変化していて、街全体が心なしか記憶より小さく感じた。当時住んでいたマンションは補助金がついて建てられたので、当時は新築の割に家賃が安く、抽選で入居を勝ち取った話とか、当時知らなかった話も聴いて、しばし感傷に浸る。これ走馬灯見てるんか?出国前に死ぬんかワシ?みたいな気分になった。

その後は祖母の実家を訪れて久々に再会する。母は私が訪れることを伝えていなかったので驚くことを期待したようだが、祖母は私がこの時期に海外出張をすることを聞いていたために予期していたようで、拍子抜けしていた。祖父が亡くなる前はいきなり認知症が進行してショックを受けたので、祖母も祖父を亡くして一人で暮らす今となっては張り合いのない生活を続けて認知症が進んでいるんじゃないか、と心の準備をしていったものの、ちゃんと会話が成立していたのでちょっと安心した。でも二言目には結婚相手はいないのか、なんてことを言っていて、ああ共通の話題がなくなってしまったのだなあと思った。

母が旅行しようという話を振ってもあまり面白くなさそうだった。その様子を見て母はちょっと失望していたけれど、私はなにか気持ちが分かる気がするな。気分が落ち込んでいるときには、日常よりも楽しいはずのことも大して楽しくない。私の場合は何をするかというのと同じくらい、時にはそれよりもっと、誰とするかが大事な要素を占める。なにか打ち込める趣味や仲の良い友人が見つかると良いのだけれど。そういえば祖母の友人(というか家族ではない人)との話は聞いたことがなかった気がするな。

そんなことをあれこれ考えながら祖母の家を訪れている間、よくスイミングスクールの帰りに立ち寄ってヒレカツを食べさせてもらったことを思い出した。

実家に帰って母のダウンコートを借りる。鹿児島は暖かく0度を下回ることはめったにないので真冬の装備は基本的にない。一方今回滞在するブレーメンは-2, 3度くらいまでは下がるそうであるので、鹿児島に持ち合わせていない装備で臨んだほうがいいという判断に至ったわけだ。とは言ってもこないだの大雪の際に、寒冷地のほうが建物の断熱性能は高いという話も聞いたせいで、まあなんとかなるやろ的な楽観的な気分になり直前まで準備のやる気がなかったことも白状しておく。

2月8日 水曜日 (8. Februar Mittwoch.)

10時35分フランクフルト行きの飛行機に乗るべく、7時の空港バスに乗り空港へ。最後の日本食を食べようと、朝から開いていた空港の吉野家に立ち寄る。なおこの時にがっつり朝食を取ってしまったので、離陸直後に提供された機内食はなかなかの詰め込みを強いられることになった。笑 ANAのカウンターは今やチェックインから荷物を預けるに至るまで、係員さんと言葉をかわす必要がないシステムになっていた。これなら英語が得意でない人でも対応しやすそう!下痢止めも買って、すしざんまいの社長ともすれ違って(!!)、出国スタンプを押してもらって(最近の日本人向けの出国カウンターは機械が自動で出国手続きをするのでスタンプが必要ない。でもやっぱり出国した記録を残したいから私は審査官にわざわざ押してもらった)、しばし充電しながら搭乗を待つ。

搭乗時刻が訪れて乗り込む。窓側の席を取って横2列が空いていたので横たわれる座席🙌🙌これも直販で買って自分で座席を指定できたことによるメリット😏前回のギリシャ出張で同行した方に教えてもらったけど、隣2列が空いてたら横に寝てもCAさんに特に何も言われないので、後ろの方の空いてる席がおすすめです😌結局機内放送で観たガリレオに初見で熱中しちゃったので大して寝られなかったけど。笑

最近の飛行機はブラインドが窓に内蔵されていて5段階くらいで暗くなる。しゅごい。機内食では日本のビールを飲み納める。ロシアを避ける航路なので昔給油のために一度着地していたと言われるアンカレッジの上空を通過し、グリーンランドの上空も通過してフランクフルトに着陸するルート。北極圏を通るので現在時刻がひっきりなしに変わるのが面白かった(あまり意味は無いけれど。笑)

着陸したのは現地の17時過ぎ、日本の25時過ぎ。出張の精算手続きの関係で事前に電車を予約する必要があり、着陸予定時刻から2時間程度の余裕を取っていたので、しばし手持ち無沙汰になる。数十分してから、どうやらS Bahnなどの近距離列車は列車の予約をしているわけではなくその区間の切符を買っているだけだということに数十分経ってから気づき、さっさと空港を発つことにした。結果的に後続の列車は遅れていたので、ゆとりのある移動にはこの選択は正解だった。フランクフルト中央駅での乗換がSüdという名前の駅に変更になっていた。ここで初めてSüdがドイツ語で南を意味することを知る。

DB(ドイツバーン:ドイツ版JR的な、元国営鉄道が民営化された鉄道会社)のアプリを見てみると、ハノーファーからブレーメンまでの電車が故障で運休になっていた。カウンターで尋ねると、便名は違えど同じ時刻に振替便が出るとのこと。車輌の入れ替えくらいならわざわざ便名を替えることなんてしないで、元々やってくる予定だった車輌ですよ?みたいな顔して走っていればいいのに、と思っていた。しかし座席が予約されているかの表示を見てその理由を悟ることとなった。ドイツの高速鉄道は日本みたいに自由席車輌と指定席車輌に分かれているわけではなく、予約がなかったらそこが自由席になる、みたいな制度なのは元々知っていたが、やってきた振替車輌にはほとんどすべての座席に”ggf, reserviert”と書かれていた。ググってみると、どうやら編成が違う関係でシステムに指定席の予約が反映されなくなるらしく、「予約されているかわからない」という旨の表示だった。私はここの席を予約しています、という人が現れたら譲ってあげてね、ということだ。結局そういう人は現れず事なきを得た。

乗換駅ではプラットフォームで何度か英語またはドイツ語で声をかけられた。たぶん噂に聞く、荷物を持ってあげるから金くれみたいなやつだろう。断ったらそのまま立ち去ったのでそれ以上危険な思いはしなかったけど、降り立った初日でそういうことが何度かあったおかげで、緊張感を保たなければならないのが疲れた。プラットフォーム吹き抜けで寒いし。

乗ってからはそういう人はいないので多少安心したものの、仮眠をぐっすり取るには厳しいマインドだった。スーツケースを持っていたけど流石にトイレに持っていくことはできないので、まあこれだけ乗客がいれば、しかもDBの社員さんも近くに乗っていることだし大丈夫だろうと、意を決してリュックだけ持ってトイレに行った。結果的に特に問題は生じなかった。

そうこうして、ブレーメン中央駅に着いた頃にはヘトヘトになっていた。インターホンで鍵を開けてもらったがブザーが鳴りっぱなし。どう止めるかわからなかった(扉の入ってすぐ横にHausalarmというボタンがあったけど、押したら全館にアラートが鳴るかもしれないと押すのをやめておいた)のでそのまま部屋に入った。翌日の朝も鳴っていたけど、昼には(おそらく誰かが止めてくれて)鳴り止んでいたのでまあ良しとしよう。

その2に続く

いよいよブレーメンの街に到着!1日目はぶらぶら。